ジグムント・フロイト『夢判断』(高橋義孝訳:新潮文庫、2005年)

第4章 夢の歪曲

「恐怖夢の存在こそ、前章諸実例からわれわれが結論した『夢は願望充足である』という命題の一般化を不可能にしているように見える。」(p231)

しかし夢の顕在内容と潜在内容を区別することによってこの困難を解決できる。

潜在内容=分析の仕事によって夢の背後に発見されるところの夢の本当の意味。(p231)

「よく調べると願望充足だということが判明するような、うわべはさりげない内容の夢が、なぜ初めからこの願望充足という性格をあからさまに示さないのか」(p233)

夢11(p235):フロイト自身の夢(助教授へ昇進できるかもしれないと知り、友人Rは昇進できそうもないと知った夜にみた夢)

友人Rは私の伯父である―私は彼に対して非常な親愛の情を感じている。

友人Rの顔つきがいつもとすこしちがっているように見える。少し長目になったようである。顔をかこんでいる黄色いひげは特にはっきりと目だって見えた。(p236)

登場人物は:

友人R

伯父のヨゼフ

友人N(過去に巻き込まれた『不祥事』のせいで教授になれないと嘆いている)

ヨゼフはNとRを体現している。Rを馬鹿者にし、Nを罪人とした。私は彼らと共通点はないから教授になれる可能性がある、という願望充足(p239)。

R=ヨゼフに敬愛の情を感じたことの裏にある意味(潜在内容)とは、フロイトがこの夢判断をいやがって手を付けなかった理由は、この潜在内容が不愉快なものであるためである。「私の夢の思想はRに対する誹謗を含んでいる。私が私自身にこの誹謗を気付かせまいがために、誹謗とは正反対のもの、彼に対する親愛の情が夢の中に入ってきたのである。」(p243)

「願望充足が識別しがたく、偽装している場合、そこには願望を充足させまいとするある心の動きの反抗によって、願望はすなわち歪曲されて夢の中に表現される。」(p243)

 

文書検閲と夢歪曲の類似性:

「夢の形成者として個々人における二つの心的力を認めてしかるべきであろう。そのふたつのうち一方は、夢によって現わされる願望を形成し、他はこの夢の願望に検閲を加え、この検閲によってその表現の歪曲を強制するのである。」「潜在内容は分析以前には意識されていないが、しかしその潜在内容から出てくるところの顕在内容は、意識されたものとし て記憶されていることを今思い返してみるならば、第二の検問所の検閲特権は、意識への入場を許可するかどうかという点に存することがわかる。前もって第二検問所を通過していないものは何ものといえども、第一の組織を出て意識のなかへ入ってくることはできない。それから第二の検問所は、自己の特権を行使しかつ「意識の中に入り込もうとしているもの」を自己に好都合に変更したうえでければ、何ものに対しても検問所の通過を許可しないのである。」(p248)

「『意識する』とは、『表象する』過程とは別種の、そして『表象する』過程からは独立した一個独特の心的行為なのであり、また、意識は、別のところから与えられた一内容を知覚する一個の感覚器官であるように思われる。」(p248)

 

夢12(p252):フロイトの女性患者(ヒステリー症)の夢

ひとを夕食に招待したかったが、燻製のサーモン以外の食料がないのでやめた。

ここでの願望とは「友人の体系を夫好みのふっくらとしたものにするために役立つようなことはやりたくない」

さらに歪曲されているのは、「友達のふっくらしたいという願望が満たされない(=患者の願望)夢」ではなく、患者自身の願望(=友達を招待したい)が満たされない夢を見たという点である。 「もし夢の中の彼女(患者)が自分自身ではなくてその女友達その人であったならば、つまり彼女がその女友達の身代わりに自分を夢の中に出したのであったな らば、別言すれば自分自身をその女友達と同一化したのであるならば、この夢はひとつの新しい解釈が与えられることになる。」(p256)

婦人患者が「夢の中でその女友達の位置に自分自身を置き、ひとつの症状(実現のかなわない願望)を作り出すことによって自分をその女友達と同一化し、これによってその女友達に対する嫉妬心(しかし患者自身はこの嫉妬をいわれのないものだと認めている)を表現している」(p259)

夢13(p260):フロイトの婦人患者

(本当は姑と旅行したくないと自分でわかっている人が)姑と旅行をする夢をみた。

この夢は「フロイト先生は間違っている」ということを意味している。(さらにもっと厳粛な題材と関係しているとフロイトは書くが、それ以上の言及はない)

夢14(p262):フロイトの学友

(略)

夢15(p263):婦人患者(若いときから年の離れた姉の家族の家で育った)

姉の長男オットーが死んで悲しんでいる。「今度は次男のカールが死んでしまう」という夢を見た。

患者の潜在的な願望は姉家族と一緒に住 んでいた時に出会った男性ともう一度会いたいというもの。男性はオットーの葬儀に来てくれたのでカールもなくなればまた来てくれるのではないかと思考している。歪曲は、再会の場としてふさわしくない「葬儀」という場面を選んだことにある。「自分の願望を覆い隠すために、そういう願望が抑えつけられるのをつねとするような一状況を選び出したのである。すなわちみんなが悲しみに包まれていて、色恋のことなど考えないような状況である。」(p265)

夢16(p266):婦人患者

(略)

夢17(p267):知り合いの法律学者

(略)

夢18(p271):若い医師

(略)

夢19(p272):若い娘の患者

(略)

夢20(p274):アウグスト・シュテルケ(医師)

(略)

夢21(p275):少年時代に兄に同性愛を感じていた若い男性

(略)

「こういう夢が呼び覚ます苦痛感情は、 われわれにそういう問題を取り扱わせまいとし、考慮させまいとする―これは大抵成功する―ところの嫌悪感と同一のものである。しかしそれにもかかわらず、 どうしてもそういう問題に手をつけざるを得ない場合、われわれは誰もが、かかる嫌悪感を克服しなければならないのである。しかし、夢の中にきわめて頻繁に 出てくるこういう不快感は、ある願望の存在を排除するものではない。人には誰にも、他人にいいたくないような、また、自分自身に対しても白状したくないよ うな願望がある。他面われわれは、すべてこれらの夢の不快な性格を夢歪曲の事実と関連させ、これらの夢がこれほどにも歪曲されているのは、その夢のテーマ に対する、あるいはその夢から汲みとられる願望に対する嫌悪・抑圧意図が存在するがゆえなのだと推論しても差し支えないと考える。そういう次第で夢歪曲は事実上一個の検閲行為だということがわかる。」「夢は、ある(抑圧され・排斥された)願望の、(偽装した)充足である」(p276)

不安恐怖夢(苦痛の内容を伴った特殊な夢)のケース(p278):

「不安恐怖夢を願望夢だというと、素人は躍起になって反対するだろうと思う。

 

「われわれが夢の中で感ずる不安恐怖が夢の内容によって説明されているのは皮相のことにすぎない。」「夢の恐怖感が夢の内容によって説明がつかないのは、たとえば恐怖症の不安が、その恐怖症の表面的原因となっている表象によっては説明がつかないのと同じである。窓から落ちることも大いにありうるのだから、窓際にいるときは多少用心するというの は、むろんもっともな話であるが、窓際恐怖症においてなぜ恐怖があれほどにも大きく、その恐怖が患者を不必要なまでに追跡するのかは、窓際にいる時の危険 ということだけでは説明がつかない。」(p278-9)