レーモン・ルーセル『アフリカの印象』(岡谷公二訳、平凡社ライブラリー版)

 

レーモン・ルーセル(Raymond Roussel, 1877~1933)

フランスの小説家、劇作家。裕福な家庭に生まれ、幼少時にはピアノ演奏に才能を示す。19歳のとき、初作品『代役』は期待したほどの成功を収めず、以後困難な創作活動に従事する。大方の関心を集めなかったその作品は、シュルリアリストたちによって支持される。パレルモのホテルで死去。自殺と見られる。

 

『アフリカの印象』…1909年に新聞連載され、翌年刊行された、架空のアフリカの国家を舞台にした長編小説。

 

主要登場人物

タルー七世…ポニュケレ国現皇帝。ヤウル九世を滅ぼし、ドレルシュカフ国を併合する。また詩をよくする。

ナイル…ジズメの愛人。芸術家肌であり文学者。

ノルベール・モンタレスコ…陶器作りに才。姉とともにヴォルルの森を探索。

フォガル…皇帝の長子。呪術に凝る。

ラオ…モセムの後を継いで顧問官。

シルダ…タルー七世とリュルの娘。リュルの策謀により森に捨てられるが、ヴェルバルによって救い出される。再びリュルにより盲目とされるが、バシュクーによって癒される。

レジェド…皇帝の息子の一人

リュル…皇帝の妃であり、モセムの愛人。

モセム…皇帝の顧問官。背信する

ヤウル九世…ドレルシュカフ国王。タルーに敗れる。

ガイズ=デュー…もとヤウルに使えていたが、裏切る。

ルイズ・モンタレスコ…ノルベールの姉。探検家。ヤウル九世の愛人。

バシュクー…ドレルシュカフ国に住む魔法使い。はじめヤウルに仕えるが、後にタルーに従う。

セイル=コル…皇帝の家来。フランス語を解す。

ニーナ…セイル=コルのかつての恋人。若くして亡くなる。

ジズメ…カモフラージュ用のモセムの愛人となる。

ヴェルバル…シルダを救ったアルジェリア歩兵。上官と対立し、出奔。森の火事の際の事故がもとで死去。

 

副次登場人物

フロール・クリニス…レキュルーの愛人。ヴェルバルとも関係を持つ。

レキュルー…ヴェルバルの上司。曹長。

アンジェリック…フロールが相談した占い師。

ブシャレサスきょうだい…難破船の乗客。

タンクレード・ブシャレサス…同。きょうだいの父親。

バルベ…同。ピストルとフェンシングのチャンピオン。

ラ・ビヨディエール=メゾニヤル…同。精密器具の製作者。

ベクス…同。化学者。

スカリオフスツキー…同。ハンガリー人のチター奏者。

カルミカエル…同。女性のような声で歌える男性歌手。『テーズ川の戦い』の試練を受ける。

マルティニョン…同。魚類学者。

リュドヴィック…同。歌手。サーカス団の一員。

ジャン…同。興行師。サーカス団の一員。

レルガルシュ…同。漁師。

ユルバン…同。曲芸師。サーカス団の一員。

ウィルリジグ…同。道化役者。サーカス団の一員。

キュイジペル…同。ベルギー人のテノール歌手。

アディノルファ…同。悲劇女優。

ソロー…同。一座に属する喜劇役者。

スーズ…同。一座に属する歌手。

オルガ・チェルウォネンコフ。同。ひげの生えた元踊り子。

ステファヌ・アルコット。同。サーカス団の一員。

フィリッポ…同。サーカス団の一員。

ブデュ…同。発明家。

フュクシエ…同。彫刻家。

リュクソ…同。花火製造家

ジュイヤール…同。歴史家。

シェヌヴィヨ…同。建築家。

ダリヤン…同。催眠術師。

ハウンズフィールドとサージェット…同。銀行経営者。

レフレーヴ…同。船医。

カルジ…同。タルーの息子の一人。メイスデルと親しくなる。メイスデルとともに『ロメオとジュリエット』を上演する。

メイスデル…シルダと生き写しの少女。タルーの養女となる。

ジュイヤール…同。歴史家。

スアン…タルーの祖先。ポニュケレ帝国を興すが、その分裂の原因も作る。

タルー一世…スアンの子。ポニュケレ帝国を治める。

ヤウル一世…スアンの子。ドレウシュカフ国を治める。

タルー四世…タルー一世の曾孫。ヤウル五世によって追われるが、のち復辟。

ヤウル五世…タルー四世を追放し、両国を治める。

ヤウル六世…五世の子。ポニュケレ帝国を追われる。

※翻訳では人名の訳文が不統一。

 

各章の内容

    1章 ポニュケレ国タルー七世の復位記念式典の直前の模様

    2章 皇帝が広場に入場する。催しの第一部。裏切り者たちの処刑。ルイズへの処分を決める実験

    3章 「無比クラブ」(リュンケウス号の乗客)と皇帝の親族による出し物

    4章 引き続き、出し物

    5章 引き続き、出し物。カルミカエルの失敗。

    6章 南に向かって進み、野原に。さらに出し物。テーズ川に出る。魔法使いバシェクーによるシルダの治療。プデュ製作の機械により、シルダにマントが贈られる。出し物の最後。戦利品広場に戻る。ジズメの死。

    7章 セイル=コルの治療。『ロメオとジュリエット』の上演。

    8章 フォガルによるゼラチン状の生物との出し物。賞品の授与。式典の終了。

    9章 ルイズによる自動絵画機械。

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    10章  5月15日リュンケウス号がマルセイユから出発する。乗客=「無比クラブ」会員の人為の紹介。アフリカ西海岸に。皇帝の使者セイル=コルによるエジュルまで連行される。セイル=コルの半生。さらに、帝国の由来が語られる。

    11章  タルー七世の半生について。数週間前までのことが語られる。タルー、リュル、モセム、ジズメ、ナイルの関係性。ヴォルルの森の火事とシルダの発見。ヴェルバルの半生。リュルによってシルダが盲目にされたこと。

    12章  首都に入り、皇帝と面会。身代金を得るまで逗留させられることが告げられる。出し物をするための「無比クラブ」結成。祝賀式典のための出し物の計画。建物の建設。準備。

    13章  準備の続き

    14章  準備の続き。勲章の制定。株式取引所の設立。

    15章  準備の続き。フォガルによる神秘的な魔術。

    16章  準備の続き。

    17章  準備の続き。

    18章  到着して二月後ころ。ヤウル王が諮られ、テーズ川にて倒される。

    19章  ルイズとノルベール姉弟のいきさつ。ヤウル王の支配下に入る。

    20章  「無比クラブ」の祝典に皇帝の聖別式が加わる。あわせて罪人たちの処分が決定される。ルイズに試練が課される。

    21章  ルイズの試練の内容と実験

    22章  セイル=コルの帰還。カルミカエルに新たに課題「テーズ川の戦い」が課される。

    23章  式典が近づく。更に準備。

    24章  ガイズ=デューによってセイル=コルが記憶喪失に陥る。治療の計画。

    25章  聖別式がポニュケレ国歴6月25日に定められる。当日の準備。

    26章  カルミカエルの挽回。フランスに帰国。

 

考察

・1~9章までが、6月25日の式典の様子。後半がその式典に至るまでの経緯。

式典の様子は、文脈を欠いた事象の羅列のように見える。シュルレアリスティックといえるかもしれない。10章以降によって、その背景が明らかにされるが、それによって式典の描写が持っていた儀式的な性格は脱神秘化される。落語の三題噺のようでもある。

・機械の描写の独特の無機的かつ生命的な印象。ベクスの機械楽器、ルイズの自動絵描き、ブデュの機織畿。

また、機械の操作のために訓練された動物が登場する。チター弾きのみみず、マリウスの猫たち、ユルバンの馬、フォガルの「血塊」、ルイズのかささぎ。さらによく訓練された「歌手」たち。リュドヴィック、キュイジペル、ステファヌ。

※フーコーは『レーモン・ルーセル』でおびただしく登場する機械群を自動反復する、ルーセルの「手法(プロセデ)」の比喩であるとする。

・「アフリカの印象」というタイトルでありながら、すでに帝国の起源において、ヨーロッパ人が介入している。リュルの「金」のヘヤピン。これは『悲しき熱帯』と通じるか。

・「物語=歴史叙述」のアンバランス。式典に至る背景が帝国の起源から、直前の事故まで並列的に扱われる。

古くから存在したかに見えるものが、極めて最近出来たものであることが明らかになる。

 

・『私はいかにしてある種の本を書いたか』(1933年)で明らかにされた特異な詩学。「手法」

アルファベットの微妙な変更によって、単語や文節の意味を変化させ、それによって得られた新たな観念を導きに物語を作り出してゆく。

「『アフリカの印象』の芽生えは、billard[撞球]とpillard[盗賊]という語を近づけた点に存する。pillardはタルー、bandes[クッション・一味]は戦士団、blanc[白墨・白人]はカルミカエルとなった」

「アフリカの印象 Impressions d’Afrique」も「おあしのかかる印刷 Impressions à fric」の読み替えかもしれない(岡谷、78)

「ばらばらに分解し、そこから、判じ絵を引き出すような具合にして、いくつかのイメージ」を引き出す。

「…〈手法〉はまさしく、説述を「霊感」とか、幻想とか、筆の走りとかいったああいう偽の偶然のすべてから純化して、言語がわれわれのもとに来るのは完全に明るくて制御することの不可能な夜の奥底からであるという、耐えがたい明証事の前にその説述を捉えることに存しているのだ。」(フーコー、54)

「「見えるものの豊かさ」こそが、見ているものの背後には常に何か見るべきものが隠されているという考えを引き起こす」(慎改、45)。「効果」としての不可視性。

ただし以下の論文では、こうした〈手法〉の特権化に疑義が提示されている。

永田道弘「珍妙の詩学―レーモン・ルーセル『アフリカの印象』における奇想の生成をめぐって」『日本フランス語フランス文学会中部支部研究報告集』33巻、2009年、17~34。

※なぜ詩ではなく、小説なのか?

 

・式典描写における和音へのこだわり

フーコーのいう「二重性」?音楽への少年期の関心?

 

参考

フーコー・ミシェル『レーモン・ルーセル』豊崎光一訳、法政大学出版局、1975年。

岡谷公二『レーモン・ルーセルの謎―彼はいかにして或る種の本を書いたか』国書刊行会、1998年。

慎改康之「不可視なる可視:「レーモン・ルーセル」と考古学」『言語文化論集』55号、2001年、33~55.