フレドリック・ジェイムソン『政治的無意識』(平凡社ライブラリー)

第3章「リアリズムと欲望」

〈3〉結語、まとめ

「幻影を構成するマスター・ナラティブにもなりおおせている基本的家族状況の、その痕跡と徴候が、彼の「生涯」にも見いだせることを指摘したかったのである」p320

「そこでは、(略)反復と順列組み合わせによって、絶えず活性化され、さまざまな構造的「解決」が模索されるのだが、その解決は最終的な満足感をもたらさない。この解決がとる最初の、それも小細工を弄しない形式、それは〈想像界〉的な形式である。いいかえれば、それは、私たちがすでに述べた空想、白昼夢、 願望充足の形式なのである」p321

 

「バルザックの哲学は、独創的な象徴行為として、まさに一種の象徴的解決としてみることができる」p32

「バルザックのイデオロギーは、このファンタジー・テクストを成立させる《公理》として把握できそうだ。《公理》とはつまり、彼のイデオロギーが、とにかくまず「信ずる」べきさまざまな概念の成立条件もしくは物語の前提事項であり、とにかくまずしっかりと確保されていなければならない経験論的条件であり、 これらを踏まえれば、それに乗っかって、主体は、この特殊な白昼夢を自分自身に効果的に語り聞かせることができるのである」p325

 

「特定の白昼夢にひたるのに必要な前提条件として、ある種のイデオロギーをこしらえるということは、どうみてもそこに、現実原則のようなものがあって、それが、一種の検閲としてはたらくことは避けられないように思えるからだ」p326

「イデオロギー的前提条件を、次々と生みだすことで、それを確保してゆくことは、私たちが願望充足の第一段階と呼んでいいものに、まだ属しているため、力強いままなのである。この場合、主体は、イデオロギー的公理が実現するのを望んでいるが、その願望は幻影的物語を書き連ねたいという願望と背中合わせになっている」pp327-328

 

「願望充足を求める精神は、次第に力を増してくる「現実原則」(略)からのしっぺ返しをやわらげるため、組織的に対処法を講じはじめる。その結果できあがる新しい、第二段階の物語(略)「〈象徴界的な(シンボリック)〉テクスト」(略)は、〈想像界的な(イマジナリー)〉段階に属するテクストつまり、すぐに質の低下をきたし、商品化されやすいテクストとは異なり、空想を完全に実現するにはどうすべきかという、やっかいで、生半可なことではごまかせない概念を考慮するようになる」p328

「〈象徴界的な〉テクストが求めるのは、(略)再現=表象可能なものは、とことん描ききり、描写の密度を増し、高度に洗練され、また体系的な困難や障害を自分のほうから設定してゆくことであり、そうすることで、困難や障害を確実に乗り越えようとする」p328

 

「バルザックの政治的・歴史的現実に対するすぐれた感覚が、彼に現実を認めさせたのではなく、むしろ、彼の癒しがたいファンタジーへの欲求が、〈歴史〉そ のものを、彼自身に敵対させたのである。ここでいう〈歴史〉とは不在の原因であり、欲望にしっぺ返しをするものである」p329

「〈現実界〉という抵抗する表層を検証するときに使われる道具、それが〈欲望〉の願望充足メカニズムであるといっていいだろう」p329

 

「このバルザック的ファンタジーは、やがてフローベールにおいて消し去られる。このとき対になった二つの現象が、後釜に座る。ひとつは、《ボヴァリスム》、すなわち「欲望することを欲望すること」――このなかで事物はすでに幻覚的イメージになってしまう」p330

「そしていまひとつは、最初のアンチ・ヒーロー、すなわちもはやなにごとかを欲望する気力すら失せているフレデリック・モロー(略)が体現する拒食症であ る。この時点で、〈現実界〉は、もはや応答するのをやめてしまう。〈現実界〉に対して、もはや、いかなる要求も差しむけられないからである」p330